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登山のこと

たいした下調べもせずに行った大杉渓谷への登山。
今思えば、旦那さんのほうが調べていろいろ知っていて、
心配して登山グッズを買いに連れて行ってくれたり、貸してくれたりしたのかも。
登山に行ったのは一週間ほど前の事だけど、
今となってはまるで夢のような感覚で、本当に自分がこの間行ったのかな?と思うくらい。
登山、山が好きでいられるようにお天気に恵まれたのかな、とか、
ゴールに無事辿り着けるように、
登山口までのバスで一緒になった方と登らせてもらえるようになっていたのかな、とか、
いろいろ好条件だった。
ほんとに有り難い出会いで、そのお二人にはとてもよくしてもらい、
そしてお二方とも人として素敵な方。
神様の使いのようにしか思えず、写真を撮るとお二人の頭上にはいつも光が写っていた。
誘ってくれた友人とその子供が共に支えあって声掛け合う姿を見て、自分も最後まで頑張れた。
「登山は自分との闘い」そう教えてくれた、山小屋で働く知人の言葉は、
山への思いと経験者の重みがある。
苦しいのは自分だけではないと分かっていても、挫けそうになる時間帯がやってくる。
もう無理、帰る。止める。そう思っても、どこにも誰にも抜け出す術はない。
それを乗り越えればあとはただ一歩一歩淡々と進むだけ。
素晴らしい景色にもずいぶんと励まされた。
思わず引き込まれる谷の神秘的な、荘厳な佇まいに息を飲む。
谷からの風を感じ、空気が違う事に気付く。
見えないけれど絶対に守り神のようなものが居る事は分かるし、見守ってくれている事も伝わる。
とてつなく大きな一つの岩にも、畏れみたいな、偉大さを感じずにはいられなかった。
こんな岩がどうやって出来るのか、それはもう人智を超えた世界。
釘付けになったと共に、万物の創造主への畏れが湧いて仕方がなかった。
何でも、全てが創造主の思いの顕れでしかない。
自分もその小さな小さな一欠片なだけ。
自分が何かをしているという驕りをもう一度払い落とす。
どれだけ働いている、稼いでいる、動かしている、とか、
自分がしているんじゃないと、どれだけの人がそう思いながら生きているのか。
我欲と大我の違いを考える、またとない経験になった。
人間は自然の中の一部であり、一番最後に神が作られた存在である。
何様ですか。みたいな人になっていませんか。
と、いつも自分自身に問いながら生きる。
たくさんの感謝に囲まれた登山。






久しぶりの友人たちから連絡があったり、手紙が届いたりした1日でした。
素敵な新月の日をお過ごしください。
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